闘士聖闘士(セイント)。その拳は空を裂き、蹴りは大地を割るという。彼らは神話の時代より女神アテナに仕え、武器を嫌うアテナのために素手で敵と戦い、天空に輝く88の星座を守護としてそれを模した衣(クロス)と呼ばれる防具を纏う。そして現代、6年もの厳しい修行を経てアテナの聖闘士となった少年星矢
73キロバイト (9,418 語) - 2022年6月13日 (月) 09:00

1 征夷大将軍 ★ :2022/07/04(月) 00:06:37.51
マグミクス7/3
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ギリシャ神話の女神アテナに従い、地上を守る「聖闘士(セイント)」の活躍を描く少年マンガ「聖闘士星矢」。女神アテナは「武器を使ってはならない」など、様々な掟を聖闘士に課しています。しかし、アンドロメダ星座の瞬が使う星雲鎖のように、どう見ても武器を使っている聖闘士も。何か基準はあるのでしょうか。

 1986年に連載開始され、2022年の現在までに5000万部を超える大ヒットを記録した少年マンガ『聖闘士星矢』。ギリシャ神話を題材とした壮大な世界観や、星座をモチーフとした鎧「聖衣(クロス)」、人間の内に眠る小宇宙(コスモ)を爆発させて奇蹟を起こす戦闘描写などが人気を博して、世界的に話題となった人気作品です。

 現代に人間として転生した、ギリシャ神話の女神「アテナ」。アテナが聖闘士(セイント)と共に、地上の平和を乱す邪悪と戦うというのが、作品の基本設定です。

 この聖闘士は、様々な「掟」に縛られています。「女性聖闘士は、常時仮面を付け、素顔を見られたら、その相手を*か、愛するしかない」「複数対一人の戦いは卑怯なので、行わない」「聖闘士は私闘してはならないが、聖闘士同士で戦ったら、倒した側が聖闘士カードを残さねばならない」(これは黒歴史のようですが……)などです。

「女性の聖闘士が仮面を付ける」は、本来聖闘士は男性しかなれないので、女性が聖闘士になる場合は仮面を付けて女性の心を隠すという趣旨のようです。

 素顔を見られることは、裸を見られるより屈辱で「見た相手を*か愛する」という掟があり、実際、星矢に素顔を見られたシャイナは、星矢を*うとしたり、命がけで庇ったりしています。『聖闘士星矢Ω』で星矢が沙織と相思相愛になっても問題がないようなので「相手から愛されなくてはならない」という掟ではないようです。

 星矢の師である魔鈴も、「聖域十二宮編」で、毒薔薇にやられた星矢に、自ら仮面を外して渡しています。この時も素顔を見られても不思議はなく、掟に抵触しているように感じられますので、この「愛する」には、師弟愛などを含んでいいのでしょう。

 ちなみに「セインティア翔」では、アテナの侍女である聖闘少女が、聖衣を着用して戦いますが、こちらは仮面着用不要で、相手を*たり、愛したりする掟もありません。

 女性聖闘士だけが掟を負うのは不公平にも感じられますが、ハーデスとの聖戦では参加聖闘士がほぼ全滅することも多いようです。護衛役の聖闘少女ではなく、攻撃役の聖闘士になる以上、女性らしい優しさは捨てろという掟なのでしょう。

 次に「複数の聖闘士で一人を攻撃するのは卑怯」という掟ですが、白銀聖闘士は仲間を倒した星矢を複数人で処刑しようとしていましたし、星矢たちも鳳凰星座の一輝や、乙女座のシャカ、双子座のサガ、ポセイドンなどの神には多対1で挑んでいました。

 要するに「仲間を*た相手への復讐」「格違いに相手が強く、他に方法がない」など、大義名分があれば、破ってもいい掟なのだと考えられます。

 この数ある掟のなかでも、特に守られないのが「聖闘士は武器使用不可」です。

「聖闘士は武器を使わない」は、全く守られていない掟です。青銅聖闘士の瞬は、頻繁に星雲鎖で敵を攻撃します。市の聖衣には毒の牙が、ジュネの聖衣には鞭が仕込まれています。紫龍や一輝も聖衣の一部を相手に投げて攻撃しています。

 白銀聖闘士でもダンテは「地獄の鋼球鎖」を使いますし、カペラは円盤を投げて攻撃します。アルゴルの盾は「相手を石化させる」もので、武器でしょう。トレミーは黄金の矢で沙織を気絶させますし、オルフェは聖衣の琴で相手を攻撃しています。

 なお、天秤座の黄金聖衣の武器は「アテナか天秤座の聖闘士が認めれば使える」ので、童虎が使用許可を出していると解釈でき、掟には抵触しないと見るべきでしょう。

 こうした「武器使用禁止」は、劇中で一度も咎められていません(掟破りを咎められたケース自体がほぼありませんが……)。なぜでしょうか。

 これは「聖衣の形状を認めたのがアテナ」であることが理由でしょう。「聖闘士は武器を使ってはならないが、聖衣に元々ついている装備は、アテナが存在を認めているので使っていい」わけです。

 だから星矢は「射手座の黄金聖衣の弓矢を使ったら、武器使用になる」という悩みを一瞬も持つことがなく、ポセイドンに矢を放てたのだと考えられます。

(安藤昌季)