岩田 翔吉(いわた しょうきち、1996年2月2日 - )は、日本のプロボクサー。東京都渋谷区出身。帝拳ボクシングジム所属。現日本、OPBF東洋太平洋、WBOアジアパシフィックライトフライ級王者。トレーナーは粟生隆寛。 9歳の時に山本“KID”徳郁のジムKILLER
10キロバイト (1,092 語) - 2022年7月2日 (土) 14:08

1 ネギうどん ★ :2022/07/04(月) 14:28:24.73
史上5人目となる3冠王者がプロボクシング界に誕生した。快挙が生まれたのは2日の後楽園ホール。ライトフライ級のOPBF東洋太平洋、日本、WBOアジアパシフィック王座決定戦の“3冠戦”が行われ、日本王者の岩田翔吉(26、帝拳)が東洋太平洋王者の堀川謙一(42、三迫)に3―0の判定で勝ったのだ。岩田は、スピード、パワー、手数で堀川を圧倒して危なげなくポイントを稼いだ。8ラウンドに堀川をダウン寸前に追い込む怒涛の猛ラッシュ。ベテランのテクニックとプレッシャーにペースを乱され判定決着となったが、これで無敗の9連勝。岩田は「最も世界王者に近い男」と言われている。早大出身で米国デビュー。名門帝拳がエリート育成している岩田は、バンタム級の3団体統一王者、井上尚弥(29、大橋)を追う“ネクスト井上”級の逸材なのか?

43歳のベテラン東洋太平洋王者の堀川に3-0判定勝利
 最大8ポイント差をつけての判定勝利がアナウンスされても岩田に笑顔はなかった。
「満足していません。やっぱり倒したかった」
 8ラウンドを終えた時点での公開採点が「78―74」が1人で「79-73」が2人。逆転KOを狙うしかなくなった堀川は9ラウンドから魔へ出てきたが、危ないシーンがあったわけではなく岩田に勝利の確信はあったのだろう。なおさら仕留め切れなかったことが悔しい。
 42歳の東洋太平洋王者・堀川と2連続TKO勝利中の26歳の日本王者・岩田との3つの地域タイトルの“統一戦”は、岩田が世界挑戦切符を手にするための世代交代マッチと見られていた。勝敗ではなく、その勝ち方に注目が集まっていたが、結果は、岩田が“ボクシングの怖さ“を大先輩に教えられる形になったのである。
 岩田は1ラウンドからスピードと手数で圧倒した。左ジャブだけでなく左のボディブローやアッパー、意表をつく飛び込んでのパンチなどを交えてバリエーション豊かな攻撃で序盤を支配した。堀川は、ほとんど手を出してこなかったが、その心理も戦術も想定内だった。
「1ラウンド目から相手が僕の一発を警戒することはわかっていた。手数を出しながら一発よりもコツコツと細かく当てていこうと。その中で強く打つタイミングを見計らっていた」
 だが、4ラウンドから堀川が前に出てプレッシャーをかけてくると岩田の戦い方が一変した。
「ロープに詰められることを避けた」
 堀川のペースに巻き込まれることを嫌い、足を使いサークリング。一撃を決めるタイミングを見失った。
 それでも「どこかでエンジンを一段階上げたかった」と、8ラウンドに右のストレートをヒットさせ、堀川が一瞬、ぐらつくと、すぐさま左フックを打ち込み、ロープを背負わせて猛ラッシュを仕掛けた。スタミナ切れも無視した勇気ある連打。堀川を追い込んだが、逆にボディブローを返され詰めきることができなかった。
「もう一発で倒れるところで、のらりくらりと、うまく当てられなかった。堀川さんは、百戦錬磨。効いたパンチはなかったが、意地を見せてきた。頭の位置やポジションを変えられ、ごまかされた。勉強になった」
 早大時代から当時日本王者の堀川のスパーリングパートナーに呼ばれ、何度も拳を交えた。お互いに手の内を知り尽くしている。岩田にとってすべてが想定内ではあったが、59戦と9戦のキャリアの差を“勢い“で潰してKO決着に持ち込むことはできなかった。
「リスペクトする堀川さんを超えたい気持ちがあった」という岩田は、リング上で「こういう形で再会するとは思っていなかったです」と感謝の意を伝えた。堀川は「ボコボコにやられたよ。ありがとうよ」と言葉を返して完敗を認めたという。

続きはソースで
https://news.yahoo.co.jp/articles/6022da04c99f09c88b12be253cc89d9fbfd0a48e